ゆめの木のある日常

日常の事etc綴ります… 毎日更新頑張ります( ͡° ͜ʖ ͡°)

お父さんの事について

ゆめの木です。

 

昨日お風呂にボーっと浸かっている時に、自分の父親の事を考えていました。

 

私の父親はあまり喋らず無口です。

 

いや、でした…

 

私が高校3年生の時に胃癌で亡くなりました。無口だった父親のことを幼少期の頃から思い出してみたのです。

 

幼少期

記憶に残っているのは小学校の2年生くらいからかな。思い出に残っているのはキャッチボール。少年野球をしていた私の為に、よく付き合ってくれました。胸の正面でボールをとれ!手首をこうして投げろ!最初の頃は投げ方や取り方を沢山教えてくれました。慣れてからは、もともと無口な父親。途中の会話…

ナシ(笑)

 1時間ちかく会話がないこともありました。黙々とキャッチボールをする。正直苦痛に感じる時もありました(笑)

 

後は海水浴に連れて行ってくれました。浜じゃ屋が並んでいるような砂浜海水浴場ではなく…

岩場

潜ってサザエとか魚とかを取るのが元々好きな父親。私もとりあえずは泳ぐことは出来たので岩場で1人泳いでいる事も多かったですね。途中の会話は、ほとんどナシ(笑)

本当無口だったんですよ。

 

中学生

この頃はよくプールに一緒に行きました。健康のためにとスイミングに通っていた父親について行く事が多かったんですよ。私自身、反抗期は殆どなかったですね。父親が無口なので(笑)

 

小学生の時の町内会でキャンプに行った思い出

そうそう、小学生の時の思い出で、1番印象に残っていた事がありました。

小学校の時に町内会で父親も一緒でのキャンプに行ったことがあります。いつもは町内会の行事には殆ど参加していなかった父親でした。夜ご飯の時に、町内の大人同士でお酒を注ぎあったりする有りがちな風景。

父親は笑顔で他の町内の人達と接していました。沢山話もしていました。

あの無口な父親がこんなに沢山しゃべるんだ!凄く驚いた記憶があります。

 

今になって思えば、かなり気をつかっていたんだと思います。

 

仕事人間だった父親。子供にどう接していいのか本人もよく分からないところが多かったのかなと思えますね。

 

今になって思えば無口でしたが愛情ある父親だったなと…

 

後悔

父親が入院してから、段々と身体が衰え、浮腫み、そんな姿を見たくなかった私は、あまりお見舞いに行きませんでした。ちょうど大学受験の頃だったので、それを理由に行きませんでした。

 

しっかりと父親が病とたたかっている姿を見ておくべきだった。父親に対しての1番の後悔がそれです。

 

初めての死に顔

私が見た初めての死に顔は父親でした。

ひたいに手を当てて、お見舞いにあまり行けなくてゴメンね…と泣きました。

 

今、わたしは職種は違いますが営業職をしています。父親も営業職でした。父親は気の抜き方が分からなかったんだと今になって思えます。

わたしは今年のある日に、父親の生きてきた歳月を追い越しました。

 

お父さん、私は今、精一杯生きれているのでしょうか?1度飲みに行きたかったです。

 

家に帰ると、嫁さんが夕食を作っている。子供たちは喧嘩したり賑やかにしている。

 

私は今幸せです。本当にそう思います。

 

お父さん育ててくれてありがとうございます。お父さんの事、昔よりも自分が年を重ねた今の方が、もっと愛していますよ。

 

何気ない事が本当にありがたいです。